チョッパーが消えた日

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「鹿茸(ろくじょう)って言ってね、おれたちの角は昔から薬として使われているんだ」

ラウンジでみんなとテーブルを囲みながら、チョッパーはそう語り出した。頭の角は半分以上ない。

「滋養強壮にね、もの凄く効果がある。貧血なんかにもいいんだ。だからこれを飲めば、みんなきっと精がつくよ。だから・・、だからね・・」

角を砕いて薬を作っていた手が止まり、チョッパーはうつむいてモジモジしている。

「だから、どしたんだー?チョッパー」ウソップがその先を促した。

「だから、食べないで。みんなのこと好きだけど、おれ食べられるのは嫌だ」

チョッパーの何やら物騒な言葉にみなギョッとなる。

「ちょっと待ってよ!あたしたちがチョッパーを食べるわけないでしょ!」 ナミが身を乗り出した。

「だっておれ、非常食なんだろ?」

「ば、バカだなー、そりゃ冗談に決まってるだろ」

サンジはぎこちなく笑みを作って見せた。

「おれ知ってるんだ。サンジ、読んでただろ?料理の本。“鹿料理のすべて”」

サンジの笑顔が凍りつく。

「どういうこと、サンジくん?」

「ひどいわ、サンジさん!」

レディーたちの集中攻撃に、サンジは激しく動揺した。

そう。サンジは本が届いて以来毎晩、熱心に『鹿料理のすべて』を読んでいた。料理人としての悲しい性だろうか。いったんは戸棚の奥に封印したものの、やっぱり読みたくなっちゃったのだ。そればかりか。鹿肉に合いそうなソースのレシピを、頭の中でいくつか組み立てたりもしちゃっていた。だがそれはあくまでも研究の範囲内であって、けっして実践するつもりでは・・・。

「すまねえ、チョッパー。あの本はおれの師匠が送ってくれたもんで・・。おまえを料理しようと思って読んでたわけじゃねェんだ。どんなにうまくても、腹がへっても、おまえは食わねェ。誓ってもいい」

「ホラ見ろチョッパー。おまえは非常食じゃない、仲間だ」ウソップが言葉をかけた。

「それにあなたはこの船にとって大事なお医者さまよ。そうよね?ルフィさん」

とビビに同意を求められたが、ルフィはうーん、となぜか考え込んでいる。

「・・・やっぱうめェのか。どんな味かな!?」

「食う気満々かてめェ!!」

ゾロとウソップに突っ込まれ、他のクルーに思い切り睨まれた船長は「ちょっと想像しただけだろー!」と口をとがらせた。

チョッパーから角が消えたこの日、吹き出した風は、メリー号を暖かい海域へと押し進めていた。


「ところでチョッパー、ほんとにその角、元に戻るんだろうな?」

夕飯の支度をしていたサンジが、やはり気になったのかそう聞くと、

「戻るよ。・・でもそれまでおれ、チョッパーじゃないな」

チョッパーはちょっと気落ちした表情で妙なことを言いだした。

「Dr.ヒルルクはなんでも切れそうなりっぱなおれの角を見て、チョッパーって名付けてくれたんだ。だから・・角がないおれはチョッパー失格だろ?」

それを聞いたサンジは、「こいつだってなんでも切れるんだぜ」と包丁を手渡し、タマネギを目の前に置いて、みじん切りで頼むぜ”チョッパー”、とウインクした。チョッパーが嬉しそうに包丁を持ったのは、言うまでもない。


さあ、始めようぜ。

切るのはチョッパー。味付けはおれ。入れるのは角。

きっと具は不揃いで、たぶん味は濃いめの仕上がり。

だけど今晩のチャウダーは、おれたちに元気と笑顔をくれるだろう。

END . . . but,

ゲストページに続く・・

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