チョッパーが消えた日
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『後悔なんて腹の足しにもならん』
ジジィが昔、そんなこと言ってたっけ・・。
たしかに後悔なんて、何にもなりゃしない。
後悔する頃には、てめェのバカのせいで、バカなことがもう起こっちまってるんだ。どんなに悔やんだって後戻りは出来ねえ。
だからオレは後悔なんかしない。
かわりに料理を作るんだ。
いいだろ?
・・・チョッパー。
ゼフからサンジ宛ての小包みが届いたのは、ドラム島を出て4日目の寒い午後のことだった。
バラティエを出て以来、サンジは時々自分やメリー号の近況を知らせる手紙を書いている。そのたびゼフも店のこと、パティやカルネ、その他大勢のコックたちのことをしたため返事を寄越したが、小包を送ってきたのは初めてだ。包みはずしりと重かった。
いつもであればゼフの手紙はそのままキッチンの引き出しにしまわれ、真夜中になると取り出され丁寧に封を切られ、ゆっくり、時には何度も読み返される。けれどその小包はすぐに紐を解かれた。要するにサンジは中身が気になって夜まで待てなかったのだ。都合良くクルーたちは雪遊びの最中で、ラウンジにはサンジのほか誰もいない。
包みを開けると中から手紙と一冊の本が出てきた。タイトルは、『鹿料理のすべて』。
パラパラとページをめくってみると、鹿肉のさばき方や調理法、定番メニューなどが絵と文章で詳しく説明されている。ゼフが集めた料理本には全部目を通したつもりだったが、これは読んだことがない。だけどなぜ、急にこんなものを・・?
サンジはとりあえず本を置き、手紙を手に取って読み始めた。
“・・・それからトナカイは鹿の一種だ。てめェにはまだ鹿肉の扱いは教えてなかったな。調理する時には一緒に送った本を参考にするといい”。手紙の最後はそう締め括られていた。
そういやあ、とサンジは思い出す。
ついこの間送った手紙に、“面白い仲間が増えたぜ。トナカイだ”と書いた・・ような気がする。ビビのことを書くのに熱が入り、チョッパーが悪魔の実の能力者で優秀な医者であることなんぞ、これっぽっちも触れなかった・・ような気もする。
考えてみりゃ、トナカイが海賊の仲間になったなんて話し、まともに信じられるわけねぇよな・・・。
おそらくゼフは、手紙を読んで“面白い食材が手に入ったぜ。トナカイだ”とでも解釈したのだろう。そして親ごころならぬ料理長ごころから、スペシャルな一冊を送ってくれたのだ。わざわざ速達で。
クソジジイらしいぜ。ありがたくって、涙が出てくる・・・わけねー!
サンジは体をくの字に折ってヒーヒーと笑い出した。そして、ひとしきり笑った後、キッチンの人目のつかない戸棚の奥に、本を押し込んだ。ゼフのプレゼントはサンジにはとてもウケがよかったが、仲間たちの笑いをも取るとは限らない。それどころか、もしチョッパーが見たら・・・。チョッパーを“非常食”呼ばわりしているサンジには、これは冗談で済みそうもないな、という予感があった。
悪りィな、ジジイ。こいつは封印させてもらうぜ。
サンジは棚の扉をパタンと閉じ、夕食の支度に取りかかった。