チョッパーが消えた日
( 3 )
流氷初日は穏やかに過ぎていった。
昨日まで降り続いていた雪が止んだので雪遊びが出来ず、氷に埋め尽くされては釣りもままらない。クルーたちはみな、あたたかいラウンジに集まっていつになくまったりとしている。
風さえ吹けばメリー号は流氷群から抜け出せるだろうとナミは予測し、それまでの辛抱だとみんなはのんびり構えた。先を急ぐビビでさえ、ジタバタしても仕方ないと諦めたようだった。怪我の経過を診察したがるチョッパーとそれを拒むサンジの攻防だけが、賑やかに一日中続いた。
流氷二日目ー
メリー号の帆は相変わらず力なくうなだれていた。
二日続けての無風状態にナミは苛立ち始め、他のクルーも焦りを隠せない。質素な食事のせいで、ルフィはいちじるしく気力を失った。船長に元気がないと、クルーの調子も出ない。みんなは早々と眠りに着いたが、サンジが残るラウンジの明かりは遅くまで点いていた。
「まだ寝ないのか、コック」
ゾロの深夜の訪問。サンジは驚いた顔をして読んでいた本を閉じた。
「てめェこそ、どうした?昼寝のしすぎで眠れないのか?」
「・・まあな。酒くれ」
「ここは酒場じゃねえ」
「いいじゃねえか。あるんだろ?ビールか赤ワインを頼む。てめェも付き合え」そう言ってゾロは、椅子に腰をかけた。ラウンジのテーブルで、サンジとゾロとが向き合って座ることはほとんどない。
「珍しいな。・・まあ酒ならいいか。ツマミは作らねえぞ」
サンジは立ち上がって本をしまい、ワインとグラスを手にキッチンからテーブルに戻ると、慣れた手つきでコルクを開けた。真っ赤な液体をグラスに注いで“ほらよ”と差し出したが、なぜかゾロは手をつけようとしなかった。
「飲まねえのか?悪いがビールはないぜ」
「グラスだコック。てめェのグラスはどした?」
「オレはいい。飲みたくねえ」
「・・飲め」とゾロは自分のグラスをサンジに寄越した。
「何なんだよ。おまえが飲みたいっつーから開けたんだろうが。オレのことは気にしなくていいからよ」
「やせ我慢すんな」
「あ?」
「てめェ、ぜんぜん食ってねェだろ」
サンジは大きく目を開いてゾロを見た。
「・・食ってるよ」
「嘘つけ」
「嘘じゃねえ!・・食ってるよ・・少しはな」
偽りのない言葉が、サンジの口をついて出た。
食料を節約したい一心から、サンジはここ2・3日ほとんど食べ物を口にしていない。仲間に心配をかけないよう、腹が減ってもそんな素振りは見せないよう十分気を使っていたにも関わらず、まさか剣士にそれを悟られるとは・・。
ゾロはそれ以上何も言わなかったが、“四の五の言わずこの酒を飲め!”と器用に目だけでサンジに訴え続けた。サンジはもう面倒くさくなってグラスを掴み、ひと口、ふた口とゆっくりワインを飲んだ。胃のあたりからじんわり熱が広がっていく。うまい、と思ったが、見守られながら飲むのは妙な気分だ・・。
サンジは新しいグラスを取り出してきてワインを満たしゾロに勧めた。ゾロはじっくり味わうように、いつもよりペースを落として飲んだ。やがてサンジの頬にうっすらと赤みがさし、それを見たゾロの頬が少しだけゆるんだ頃合いで、ボトルは空になった。
「てめェは善意のつもりだろうがな、空腹のときに酒を飲むと余計腹が減るんだよ」
ふたりきりの飲み会がお開きになってラウンジを出ると、サンジはそう言ってわざとらしくため息をついてみせた。
「・・そうか?おれァ元気が出るけどな」
「てめェはマリモ。おれは人間だ」
ゾロはムッとした表情になり、サンジは笑った。
外はとても寒く、せっかく温まった体が指先から冷えてくる。ふたりは甲板を転がるように駆けた。そして寝床に横になると、サンジはあっけなく眠りに落ちた。流氷の軋む音が聞こえたが、その夜は不思議と気にならなかった。