チョッパーが消えた日
( 2 )
「ええっ!今日の晩メシこれだけなのか?肉がねーぞ、肉が!?」
夕飯のテーブルに着くなりルフィが大声を出した。今夜のメニューは、パンと豆のスープだ。
「てめェに文句言われる筋合いはねえぞ。肉がないのは誰のせいだ、誰の!?」
「ナミおまえか!?」ルフィがナミを睨んだ。
「てめェだろーが、ルフィ~!!肉ばっか食べやがって、いくらあっても足りゃぁしねぇ、こいつめ~!!」
サンジがルフィの後ろに立つと両の拳を握りしめ、殺気を込めてこめかみにグリグリと押しつけた。ルフィは声にならない叫びをあげ、手足をバタバタさせている。その様子を、ウソップとチョッパーとカル―が、こわごわ見つめていた。
「さ、サンジさんそのくらいにしてあげたら?」とビビが助け船を出し、サンジはようやく手を離した。魂が抜けたように、ルフィが崩れ落ちる。
「ビビちゃん、ナミさん、ごめんな。こんな味気ないメニューで」とサンジは肩を落とした。
「何言ってるの、とっても美味しいわ」と慌ててビビが言い、「たまにはいいじゃないの、ヘルシーで」とすかさずナミがフォローした。
「食糧不足かこの船は?」黙々と食べていたゾロが、その手を止めてサンジに目を向ける。
「不足ってこともねえが・・」サンジはそこで言葉に詰まった。
メリー号の備蓄はかなり少ない。ドラム島では食料を積み込む時間がなく、新しく加わった仲間はかわいい顔をして大食らいだった。しかも、航行中の海は魚が捕れないときている。ルフィの主犯による昨夜の食料庫襲撃が追い打ちをかけ、食料はサンジの予想より遙かに早く無くなった。次の島にたどり着くまでは缶詰や保存食が頼り、という状況なわけで―
「余裕はねえ。・・しばらくはこんなんで我慢してくれ」
ゾロ、ナミ、ビビに向かってそう言ってから、「肉とおかわりは禁句だ!分かったかてめェら!?」と残りのクルーたち、つまり昨日食料庫を荒らした連中ににらみを効かせるサンジ。ルフィたちはその気迫に弾かれるように背筋を伸ばし、「ハイっ!!」と声を合わせた。・・カル―は「クエッ!」だったが。
次の日の、朝ー
サンジは朝食の準備も忘れて純白に輝く海を眺めていた。
海原は一面真っ白で、雪の大地に船を乗り上げてしまったかのようだ。よく見ると、白い地面は雪と氷の固まりで出来ていて、絶え間なく揺れ動いている・・。
「今日も寒いな-、サンジ。・・ん?何だ、どうした?」
目覚めの早いウソップが、海を見つめるサンジの後ろ姿に声をかけた。
「ウソップ、野郎どもを起こしてこい!おれはレディーたちを呼んでくる。急げ!今すぐだ!!」
サンジが血相を変えて走り出したので、ウソップはよく分からないままみんなを起こしに行った。ややして、まだ眠いクルーたちがまぶたをこすりつつ甲板に上がり、突然現われた白銀の風景を目にして息を呑んだ。
「スッゲー!雪だ!海に雪が積もってる!」とルフィは瞳をキラキラさせ、「きれい・・」とビビがひっそりつぶやいた。ウソップとゾロは黙って見ているが、口がかなり大きめに開いている。
「流氷だ」
チョッパーがぽつりと言い、「まずいわね」とナミが顔をしかめた。
流氷は、海水が凍って出来た”海氷”が流れてきたもので、限られた海域の限られた季節にしか生じない自然現象だ。その光景は見るものを魅了するが、船にとっては航路を阻まれる厄介な氷の群れでしかない。船体に傷が付く恐れもある。それを知るサンジ、チョッパー、ナミの表情は自然と険しくなった。
「あいつら悪い奴なのか?んじゃ、おれがやっつけてやる!」
ナミから流氷の話しを聞くと、ルフィは船首に駆けて行って無謀にもガトリング攻撃を仕掛けた。流氷は散り散りになってはまた密集する。何度繰り返しても結果は同じで、船の前に道が拓けることはなかった。
「ルフィ無駄よ、止めましょ。今日は風がないから、どのみち進みっこないわ」
「ナミさんの言うとおりだ。こうしててもしょうがねえ、朝メシにしよう」
サンジのその言葉で、クルーたちはラウンジへと歩き出した。
だがチョッパーだけは、物思いに沈む目を海に向けたまま、しばらくじっとその場にたたずんでいた。