レディーボーンと夢

( 3 )

「サンジ待てよー!おれも行くー!」

朝食を終え、ルフィは船から飛び降りたサンジを見て甲板から声をかけた。メリー号がロス島を出港するのは明日で、今日の船番はゾロだ。冒険大好き船長がじっとしていられるわけなどなかった。ところが一緒に出かけようとしたルフィを、サンジはやんわり拒絶した。

「悪いがオレはこれからちょいと野暮用だ。邪魔してもらっちゃあ困るぜ」ついて来るんじゃねーぞ、と真面目な顔で念を押し、サンジは町の方へ駆けて行った。

「やぼよう、ってなんだろな?」

とルフィが首を傾けると、後ろにいたウソップが閃いたようにポンと膝を叩いて声を張り上げた。

「デートだ!間違いねえ。男ははやる心を抑えつつ昨日ナンパした女の元へとひた走るのであったー!」

「デート!?面白そー!なあ、見に行こうぜ!」

「止めとけルフィ」

そばで聞いていたゾロが突然口をはさんだ。「そんなもん見てどうすんだ」

「オレ様もゾロに賛成だー。サンジがかわいい女の子とデートなんて面白くねえよ。それに、人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて死んじまえ、って昔っから言うしなー」

「ええっ!馬に蹴られて死んじまうのか!?」

「ルフィ、安心しろ。馬は蹴らねえ。けどな、サンジはきっと蹴る!・・オレはそっちのほうが怖えよ。止めとこうぜ」

それより映画だ、映画!とウソップが誘い、ふたりは連れだって船を降りた。


その日の夕食にサンジの姿はなかった。

ナミが言うには、昨日偶然再会した知り合いにパーティー料理の手伝いを頼まれて出かけたらしい。サンジが作り置きした食事をナミが温め直して食卓に並べ、「いただきまーす」と食べ始めたものの、みんなは何となく味気ない感じがしていた。

「サンヒいつ帰ってふんだー?」ルフィが口一杯食べ物をほおばりながらナミを見た。

「・・遅くなるとは言ってたけど、何時とは聞かなかったわ」
「メシに遅れるといっつもうるせーくせに、自分は勝手なもんだな」
「いいじゃない。頼まれてお手伝いに行ったのよ?寝たり迷ったりして遅れてくるアンタとは違うの」とナミに言われて、ゾロは眉をひそめた。

「それだって、怪しいもんだ」
「どういう意味よ?」

ゾロとナミのやりとりを黙って聞いていたウソップが、そこで首を突っ込む。

「だよなー。サンジ朝からいそいそ出かけただろ?オレさまの勘じゃ、奴はデートだ。今頃は洒落たレストランでかわいい女の子とウマイもん食ってるに違いねーよ」

「ウマイもの!?ひでーなー。なんでおれたちも誘ってくれないんだよ~」 ルフィが不満そうに言った。

「まったくだぜ。女の子のお友達も誘ってオレらみんなで楽しくデートするって気配りはねえのかよ!」

「何バカなこと言ってんのよ。サンジくんがわたしたちの食事を放ってデートなんかするわけないでしょ」

ナミが呆れたように言うと、ルフィとウソップはそれもそうだなと納得した。サンジがコックの仕事に強い誇りと責任を感じているのを、クルーたちは知っている。

だがゾロだけは内心、デート説をかたくなに支持していた。ゾロが想像する相手は、ウソップの言うようにかわいい女の子ではなく、昨日見た男だ。しかもそのデートの中身は、レストランで食事なんて健康的なものではなく、もっとアダルトで卑猥なものだった。

サンジに信頼を寄せているナミたちを見ながら、ゾロは腹の中でどす黒い感情が渦を巻くのを静かに感じていた。


サンジがメリー号に戻ったのは真夜中過ぎだった。

「おい」とゾロが声をかけると、大きな鞄を手に足音をしのばせてラウンジに向かっていたサンジはびっくりした様子で振り向いた。タバコの匂いにまぎれて、かすかにアルコールの香りがする。

「ずいぶん遅かったじゃねえか。飲んでんのか?」

「あ?・・ああ。付き合いでちょっとな。・・おっと、こうしちゃいられねえ、明日の仕込みしねえと・・」

「俺ァ嘘つくような野郎を仲間だなんて認めねえ」

立ち去ろうとする背中にゾロはそう言葉を投げつけた。サンジは振り返ってゾロの視線をしっかり受けとめると、ゆっくりタバコに火をつけ煙を吐いた。

「そりゃどういう意味だ?」

「しらばっくれるつもりか?俺は昨日見たんだぜ」

「・・何を見たって?」サンジが声を低くした。

「見たくもねえラブシーンだ。まさかオマエにああゆう趣味があったとはな」

「そ、そりゃ誤解だ!あれはだな・・頼まれたんだよ」

サンジは途端にうろたえ、せわしなく目線を泳がせている。

「てめえは・・頼まれれば平気であんなコトが出来るのか?」

「んなワケねえだろ。・・けど困ってるみてえだし、金くれるって言うしよ・・」

「金・・?そんなもんのために身を売っただと!」ゾロは思わず声を荒げた。

「おいおい、大袈裟に言うなよ。・・バイトみたいなもんだろ」

人ごとのような言い方が、ひどくゾロの神経を逆撫でした。

「てめえはコックで、海賊だろうが。そんな落ちぶれた真似よく出来んな!?」

「落ちぶれただと!?オレはコックとしてどうしても手に入れたいものがあった。それで仕方なくやったまでだ。けどこんなバイトはもうしねえ。だからテメエもこのことは忘れろ。・・みんなには言うなよ。特にナミさんには絶対に、だ」

言ったらオロすからな、とゾロをひと睨みすると、もうこの話しは終わりだとばかりに、サンジはくるりと背を向け行ってしまった。

逆ギレかよクソ!

追いかけようとしたが思い直し、ゾロは腕を組んでしばし考え込んだ。本当はサンジを問い詰め、事と次第によっては無理にでもこの船から降りてもらうつもりだった。ところがサンジから返ってきたのは、“必要に迫られ仕方なく身を任せた”的な答えだ・・・。
金のために男に体を売るなど正気の沙汰とは思えないが、本人は自分の行為を恥じている様子だったし、こんなことはもうしないと誓ってくれた。これが“一度の過ち”ならば、その一度で船から追い出すのは酷かもしれない。ゾロはそんな風に考えた。

奴の言うように忘れることは出来そうもないが、一度だけ目をつぶってやるくらいは・・。

ゾロはサンジに執行猶予を与えることにし、このことは自分の中にだけ納めておこうと決めた。情けをかけたのではない。コックがいなくなると、この船とクルーの胃袋にとっては大きな痛手だ。信頼を裏切られた仲間たちの顔を見るのも面白くない。だからだ、とゾロは言い訳するように心の中でつぶやいた。

そうして気持ちを切り替えると、男部屋に入って横になった。明日になればこの忌々しい島ともおさらばだ。もうあんな夢を見ることもないだろう。それにしても、体を売ってまで奴が欲しかったものとは何だろう・・・。

浮かんだ疑問は、ゾロが眠りに落ちるとともに消えていった。

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