レディーボーンと夢
( 1 )
目覚めてもゾロは朦朧(もうろう)としていた。眠りを妨げたのは、誰かが身動きする気配だった。
暗闇の中、ぼおっと白く浮き上がるように何かが見える。ベッドの上で肌をあらわにしている、あれは・・・サンジだ。と、その後ろにぴたりと体を添わせる男がいるのに気づく。
男は四つん這いになったサンジの後ろで、ゆっくりと腰を振っていた。サンジは大きく口を開け、吠えるように頭をのけぞらせている。苦しそうな表情とは裏腹に、その下半身は男の動きに合わせ淫らに揺れていた。
居たたまれない。
なのにゾロは立ち去ることも目を離すことも出来なかった。見覚えが・・。どこかで見た気がするのだ。この奇妙な光景も、サンジのむき出しの尻に深々と己を打ちつけているあの男にも・・・。
『ゾロ』
ふいに名を呼ばれて、ゾロはギクリとした。
『ゾロ、早く・・』
と媚びた声を出して、サンジがゾロの体にゆるゆると手を伸ばしてくる。その目が何かに取り憑かれたように妖艶な光を放っていて、ゾロは思わず後ずさった。
『・・ゾロ、てめえ』
サンジの形相が変わった。
顔から誘惑の色が消え、眉間にしわが寄り、瞳には怒りの炎がともっている。
ゾロが本能で身構えた瞬間、衝撃が走った。
「いい加減にしろ!」
強烈な痛みを感じて腹を抱え、ゾロは上半身を起こした。もろに蹴りをくらったらしい。
「やっと目え覚ましたか・・・。朝飯だ、さっさと来い!のんびりしてると、ルフィに食われるぞ」
頭を上げると、スーツの上着だけを脱いだサンジが、両腕を組み立っている。ゾロは部屋をキョロキョロと見まわし、ズキズキと脈打つ腹をさすった。
「・・・夢か」
「ああ?寝ぼけてんじゃねーよ。早くしねぇとメシ抜きだからな」
分かったら早くしろよ、としつこく言って、サンジはゾロに背を向けた。
ゴーイング・メリー号の朝は早い。
まずサンジが日の出とともに起きだし、腕まくりして朝食の準備を始める。
次に早起きなのはウソップだ。朝の日課“ウソップ体操”が彼の健康の秘訣である。
「おいっちにー!さんしー!」
軽快なかけ声が甲板に響き渡ると、ナミが起きてくる。“一緒に体操しようぜい”という仲間の誘いを丁重に断って、天候と航路を確認だ。
船長のルフィは、というと。体内に備わる時計で意外にも正確、確実に目を覚ます。
「腹へったー!サンジ、メシー!」
と毎朝けたたましく甲板にあらわれ、ラウンジに直行する。
まるで計ったかのように、ちょうどその頃朝食が出来上がる。が、ゾロはいまだ夢の中にいる。食べ物を前にした船長は、まだかまだかとやかましい。そこでゾロをたたき起こして席に着かせ、朝食が始まるのだった。
サンジが仲間に加わったことは、クルーたちの暮らしぶりに大きな影響を及ぼしていた。新しいメリー号のコックは、食事のルールを ①決まった時間に ②みんなで仲良く ③残さず食べる と定め、守れない奴にオレの料理は食わせねえ、と脅した。結果として、日々に食事の時間を軸とした一定のリズムが生まれ、互いのコミュニケーションはより深まり、体調は万全だ。何よりサンジが作り出す極上の味と豊富なメニューは、船上で生活するクルーたちに楽しみと気分転換を与えてくれるのだった。
乗船早々仲間の胃袋をがっちり掴み、メリー号に無くてはならない存在となったこの男に、ゾロはやや複雑な思いを抱いていた。料理の腕前はもちろん、サンジの足技はたいしたものだ。アーロンパークでその戦闘能力を目の当たりにした時には、こいつコックにしておくのは惜しいな、とゾロは思った。だからこそ、サンジがナミの前では見る影もなく間抜け面をさらすのがどうにも納得いかない。
女にいいように扱われて大喜びし、野郎には手荒く応対する。クールに決めたかと思えば突如アホになる。硬派でさっぱりとした気性のゾロにとって、軟派で掴みどころのないサンジはまるで未知の生物だ。毎日せっせとナミにハートを飛ばすサンジを見ていると、果たしてこの男に海賊の一員として危険な海原を越えて行く覚悟があるのだろうか、とゾロは疑問に思う。
とはいえ、大剣豪を目指す男たるものささいなことを気にしてなぞいられない。不思議な生き物にだってそのうち慣れるだろう、と楽観し、ほどほどに間合いをとってサンジを見ていたゾロだった。
だがそれも、昨日までの話しだ。