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第二部 灯り(あかり)

ゾロはひとり、人通りのない路地裏にいた。

さっきの老女とナミたちの会話を聞いていたら足が勝手に動き出し、こんな所に来てしまっていたのだ。

弔いなんて縁起でもねえこと抜かすからだ、あのババア!・・くっそー、後でナミにどやされるだろうなぁ・・。

うんざりとした気持ちを引きずって歩いていると、先の角に一軒の酒場が目に入った。ゾロは無性に飲みたくなって、『営業中』の札が掛けられた店のドアを開けた。

中に入ると、店の女が「いらっしゃい」としゃがれた声を出した。カウンターの他に丸テーブルが2つあるだけの狭い店だった。まだ時間が早いせいか、客は誰もいない。店内の壁に手配書が貼られていないことを確認すると、ゾロはドアに近いカウンターの手前の席に腰掛けてビールを注文した。

すぐに出てきたジョッキをぐいと飲み干す。続いて2杯目を頼むと、店の女が「これはサービスよ」と食べ物の入った皿をグラスと一緒に置いた。サンジが消えてから、麦わら一味はみなまともな食事をしていない。ゾロは礼を言ってその皿に手を伸ばした。

魚と野菜を煮込んだだけのシンプルな料理だった。それがたいそう美味くて、ゾロは骨までもきれいに平らげたが、なにかが物足りない気がしていた。まるで舌がー

あいつの味に飢えてるみてぇだ・・・。

ゾロは腹巻に忍ばせていた写真をそっと取り出し、眺めた。そして大きなため息をひとつ、つく。

馬鹿みてぇな格好で馬鹿みてぇに笑いやがって・・・。いい気なもんだなぁお前。

「お兄さん旅の人?」

カウンターの向こうからしげしげとゾロを見ていた店の女が、好奇心を抑えきれずに話しかけてきた。太っていて大柄だが顔には愛嬌がある。

「まあ、そうだ」

「けど、観光客って感じしないのよねえ・・」

「人探しだ」

「人探し?」女が大きな顔を近づけ、ゾロの手の中の写真にちらりと目をやる。

「こいつだ。見たことあるか?」

ゾロはカウンター越しにサンジの写真を見せた。女は「見覚えがないわね」と首を振った後もしばらくその写真を眺めてから、「きれいな人ね、お兄さんのコレ?」と言って小指を立てた。

「そんなんじゃあ、ねえっ!」

小指の意味に気づくと、ゾロは思わず大きな声を出した。酔っぱらったように顔が赤い。

”むきになるところが可愛い”と、やや年配のその女は笑い声を上げた。

「言っとくけどな、そいつ、そんな格好してっけど男だぞ。コレのわけねえだろ!」

ゾロは女が勘違いしているのだと思った。ところが、女装姿のサンジが男だと聞いても驚く素振りがない。

「ひょっとしてお兄さんの片思い?辛いわねえ」

憐れむように言われて驚いたのはゾロの方だ。

「なんでそうなるんだよ!?こいつはただの仲間だっつーの!」

「ただの仲間?無理言っちゃってー。アタシにはお見通しよ」

「・・・・」

どうしても噛み合わない会話にゾロはぐったりとうなだれた。そこへ数人の客がどやどやと店に入ってきたので、女は写真をゾロに返して慌ただしく接客を始めた。ゾロはぬるくなったジョッキを一気にあおって腰を上げた。

「気を悪くしたならごめんなさいね」

会計を頼むと女が釣銭を渡しながらそう言った。どうやら先ほどのやりとりを詫びているらしい。

「気になんかしてねえ」

「写真を見てた時のあなたの顔ね、あんまり切なそうだったからアタシてっきり・・・。見つかるといいわね」女はそう言って愛嬌のある笑みを見せた。


「マスター!俺にもビールくれ!」

ゾロが店を出ると、閉じたドアの向こうから客と女のにぎやかな声が聞こえてきた。

「マスターじゃなくて“ママ”だって、何度言ったら分かるの~」

「ママじゃなくて“オカママ”だろ!」

一斉に笑う男たちの声に思わずゾロは振り返った。よく見ると店の看板には“酒と泪と男☆女”と書かれてある・・。

ゾロは複雑な面持ちで、すっかり暗くなった町の通りを歩き出した。”切ない顔”の意味を問いながら。

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