嵐
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第一部 メリーの憂鬱
雲ひとつない青い空。太陽は真上から傾いてなお、船を熱く照らしていた。1羽のカモメがメリーの頭上を音もなく飛び越していく―
「次の島が近いのかしら?航海士さん」
サングラス越しに空を眩しそうに見ていたロビンが、甲板で並んで日光浴を楽しんでいるナミに話しかけた。アラバスタを出たメリー号は、ログポースが示す次の島を目指している。
「うーん、まだ3日はかかりそう・・。けど島に近いのは確かね。海図で見るとこのあたり、小さな島がけっこうあるの。食料は充分だから上陸しない予定だけど・・何?どうかしたのロビン?」
「このところ気候が安定しているし、鳥が飛んでいるから、そう思っただけよ。・・近くに夏島があるのね」
彼女が指摘したとおり、ここ数日快晴で気温の高い日が続いていた。
ナミとロビンは甲板に据えられたウソップ印の“日傘樽”(大樽に丸板とパラソルを付けた夏用テーブル)の下で涼んだり、デッキチェアに寝そべって肌を焼いたりと南洋クルーズ気分を満喫していたし、ルフィー・ウソップ・チョッパーの3人組は暖かい海流を泳ぐ大物を釣り上げるのに忙しい。
「・・ホント暑いわよね」ナミが憂鬱そうな声を出した。
「あら。航海士さんは暑いのが苦手なの?そうは見えないけれど・・」
「苦手?まさか!最高じゃなーい、南国気分!・・・でもねー」視線が向かった先には剣士がいた。
「・・・ゾロ!あんたいい加減にしてよ!」
ナミは“もう我慢できない”といった様子で立ち上がると、前方で鍛錬中のゾロに怒鳴った。
「修行熱心なのはいいけどね!朝から晩まで何時間も・・・。あんたここんとこちょっとやり過ぎよ!?」
「おめえには・・関係・・ねえだろ・・」
ゾロは顔すら向けずひたすらダンベルを振り続ける。それがナミの怒りを煽った。
「優雅に船上バカンスしてるあたしたちの目の前でやらなくてもいいでしょ!?汗ダラッダラのあんた見てるとね、こっちまで暑くなるのよ!わかる?見苦しいの!!」
「だったら見んな」
「なんですって!?」
「ナミすわ~ん、ロビンちゅわ~ん!冷たいお飲物をお持ちしまっした~!!」
絶妙のタイミングでサンジがクルクル回りながら2人の間に割って入った。一触即発のムードが吹き飛ぶ。
「火照ったカラダをクールダウン。特製アイスフルーツティーでございます。ささ、どーぞ」
サンジは気障に口上を述べながら、トレイから飲み物を2つテーブルに置いた。大きな丸いグラスの中身は黄金色のアイスティー。上にはたくさんのフルーツがきれいに盛られてる。ナミとロビンの口元が自然とほころんだ。
「うわ~。すっごくイイ感じじゃない、サンジくん」
「彩りがとってもきれいね。ありがとう、コックさん」
2人はさっそくグラスを手にして口をつけた。ん~美味し~、とナミが目を細める。
私ずいぶん喉が渇いてたのね・・。さすがだわコックさん
細やかな気配りで見計らったように給仕をするこの船のコックに、クルーの仲間入りをしたばかりのロビンは驚かずにはいられない。もちろんその味にも。
「レディーたち。よろしければわたくしがオイルなど、塗ってさしあげちゃったり、しちゃいましょうか~!?」
不思議なひと・・・。ハートの目をしてクネクネと体を動かすサンジをロビンはクールに眺めた。
「おいクソコック!用事が済んだらテメエはとっととすっ込んでろ!」
さっきまでシカトを決め込んでいたゾロが、いつの間にかバーベルを中断してサンジたちを見ていた。
あら、また始まったわ・・。
サンジが暴走→ゾロが不機嫌→バトル勃発。というお決まりのコースに、ロビンはもう慣れてきていた。だがこの時、サンジの反応は違っていた。
「・・そうカッカすんなって。ほら、テメエにも持ってきてやったぜ。これ飲んで少し休め、修行バカが・・」
「いらねえ」
サンジがトレイに残ったアイスティーを手に近づいて行くと、それを牽制するようにゾロが言った。
「・・なんだと?」
「そんなもんいらねえ、っつったんだ」ゾロがギロリとサンジを睨みつけた。
「ちょっとその言い方はないんじゃない!?せっかくサンジくんが作ってくれたのに」とナミがいきり立った。
「・・そろそろ水分を補給したほうがいいと思うのだけれど、剣士さん」ロビンは冷静だ。
女たちに責められ、諭され、面白くないのか、ゾロはますます険悪な顔つきになる。
「・・水飲みゃいいんだろ。そいつはいらねえ」ゾロがそっぽを向いた次の瞬間だ。
「いらねえなら俺がもらうぞゾロ!ゴムゴムのー!」
船首の方からルフィの声が。聞こえた、と思ったら伸びてきたゴムの腕。
「止めなさいよルフィ!」
「おいコラ待てっ!」
「駄目よ船長さん」
「いっただっきまーす!!」
仲間の制止を振り切って、その腕はあっさりとアイスティーを奪っていった。
グラスの行き先を呆気にとられて見ていた3人が視線を戻すと、今度はゾロの姿が消えている・・。
「くそゴムめ~。すーぐ人の分に手え出しやがって」とサンジがぼやいた。
「ルフィのバカにも困ったもんだけど・・ゾロの奴どうしちゃったのよ~」ナミがやれやれと頭に手をやった。
「剣士さん、何か悩みでもあるのかしらね?」ロビンはなぜか楽しそうだ。
「・・気にすることないよ、ナミさん、ロビンちゃん。マリモがおかしいのは昔っからだ」
“アイスティーのおかわりあるからね”とウインクして、サンジはラウンジに戻って行った。