嵐の後遺症
( 2 )
「まっさか、マリモにこんな特技があるとはな~」
今夜のサンジは、上半身をほぐされているせいかよく口が回る。
「お前、剣士をクビになってもこの道で食っていけるな?良かったじゃねえか」
「どこの勤め人の話だよそりゃ・・。俺は生涯“一剣士”だ」
「ハハッ。だろうな」
「てめえだって、どうせ一生“コック”だろうが」
「まあー、せいぜい“世界中のレディーを虜にするカリスマコック長”ってトコだろなー」
「・・・・」
「いててて!ゾロ痛えって!」
「アホに効くツボだからな」
「なんだとこら!?」
「いいから少し口閉じてろ、集中できねえ」
「・・・おう」
あの夜の一件は、サンジにとってもちょっとした事件だった。
何でもかんでも突っかかり、とことんソリの合わないゾロが、自分のことを心配し、抱きしめるほどに再会を喜んでくれたのだ・・。
サンジは今までまったく意識していなかった“ゾロとの友情”の存在に驚くとともに感動し、けっこうジーンときてしまった。
いつもなぜか上の目線から鬱陶しそうに文句を言ってくる剣士が、子供のように抱きついて切羽詰まった声を出すのが、なんだか可愛いとさえ思えた。なので、剣士の腕の力が尋常でなく、“痛いんだよ阿保が”と蹴るつもりが、出来なかったのだ。
その後ゾロは嵐の前とは打って変わってトゲがなくなり、落ち着いた様子になった。食事もゆっくりと味わって普段の量を食べるようになり、給仕を拒むこともない。サンジはほっと胸を撫で下ろした。もっとも。周りの仲間から“じゃれ合い”と称されるふたりの喧嘩が減ることはなかったが・・。
「サンジどしたんだ?」
とチョッパーに声をかけられたのは、昨夜夕食の後片付けをしていた時のことだった。
食べ残しのないきれいなゾロの皿を見ていて、つい安堵のため息をついてしまったらしい。それに気づいたチョッパーが何やら勘違いして「悩みごとか?オレ相談に乗るゾ!?」と鼻息を荒くした。
「なんでもねえって。あー、ちょっと疲れてんのかナー・・」
そう言ってごまかしたのがまずかった。相手はまがりなりにも医者だ。
「こないだの遭難の後遺症かな・・。サンジ、念のために診察しよう」
「大丈夫だって!こんなの一晩寝れば回復だ。俺の料理は栄養バッチリ!だしな?」
「けど・・・・。そうだオレいい事思いついたゾ!ゾロに指圧してもらおう!」
チョッパーは目をキラリンとさせて、聞いたことのない言葉を発した。
「シアツ?なんだそりゃ?」
「マッサージの一種なんだ。ゾロの故郷の方に伝わる民間療法なんだよ。オレ前から興味があってさ、一度ゾロにやってもらったけどなかなか良かったゾ」
「へー、そんなことが出来んのかあいつ」
「筋肉をほぐすから血行が良くなるんだな。疲労なんかには効果あると思うんだ」
「ふーん。・・まあ気が向いたらな。ありがとよ、チョッパー」
と礼は言ったものの、レディーならともかく野郎のマッサージなんてご免だ。第一自分は疲れてなんかいない。いつもに増して調子がいいくらいだ。
だがチョッパーの言葉はある意味、的を得ていた。ゾロに抱きしめられた後遺症か、この時サンジはふと剣士のマッサージとやらに別な関心、というか目論みを抱いたのだ。
せっかく仲直りしたのだし、この際剣士との友情を深めるのも”アリ”かもしれない。ゾロにマッサージをサービスしてもらった後、お返しに自分は酒と肴をサービスする、なんてどうだろう?
それはとても自然で、とても対等で、とても素敵な思いつきのように思えた。
奴のこった、粗野で力まかせなマッサージに違いないが、仕方ねえ我慢してやろう。サンジはその晩、自分にそう言い聞かせたのだった。
ところがー
おいおい嘘だろ。
なんでこんなに気持ちいーんだよ。
サンジの予想に反して、ゾロの指圧は心地良いことこの上なかった。素手では卵のひとつも満足に割れない剣士がどうして?サンジは首をかしげたくなる。
自分の身体を通して感じるゾロの手は、熱く、力強く、思いのほか繊細に動いた。
普段とは別人のように献身的な剣士の、器用なその手の動きをもっと味わいたくて、サンジは目を閉じた。だが、唇を閉じることは出来なかった。
「ん・・・あっ・・・おー・・」
吐息まじりの声が洩れ、それは徐々に大きくなっていく。
「・・・・くっ」
ゾロの呻き声がそれを追いかけた。
「てめえ・・・そんなに気持ちいいのかよ」
サンジの耳元でゾロはそう問いかけた。が、答えはない。
「どうなんだコック?」
「・・・・」
「コック?・・」
「・・こ・・の唐変朴が」
「?」
「気持ちいいかだと?恥ずかしいこと言わせんなボケ」
冷静さを装いながらそう言うサンジの首筋が、耳たぶが、・・みるみる赤く染まっていった。まるでスイッチが入ったように、ゾロの胸がざわつく。いつもは不思議なほど白いサンジの肌が、いま色づいてすぐ目の前に、簡単に手の届く場所にあった。
口をつけてぇ・・。
ゾロはたまらなくそう思った。
そう思ったら、さっきからずっと押さえつけていた妄想が溢れ出てくる。
シャツをひん剥いて、うつ伏せの身体を裏返して、口を這わせて・・・。
こいつはどんな表情をする?
きっとやかましくわめき出すだろう。そうしたら?
ーそうしたら、憎らしい唇をふさいでやればいい。
ふさいでゆっくりと・・
「・・ゾロ?」
突如動きが停止したゾロを、不思議そうにサンジが振り返った。
「おい、どした?なんか変だぞテメエ。・・・まさか具合でも悪いのか?」
「・・なんでもねえ」
「ほんとか?・・だったら止めるなよ。早く続きを・・」
「なんでもねえが、今日のところは勘弁してくれ」
「へっ?」
「・・・このままじゃ、やべえ」
・・・・・なんだったんだ、あいつ?
奇妙な捨てゼリフを吐いて、ゾロは疾風のごとく部屋を出て行ってしまった。残されたサンジは乱暴に閉じられたドアをしばらく見ていたが、おもむろにタバコに火をつけ、あれこれと思いを巡らせた。
このままじゃ、やべぇ?やべぇって、なんだよ?
・・・!?あーそうか、分かったぞ。あいつきっと腹ァ下したんだな。・・で、便所に急行!ってわけだ。どうりで・・。
前かがみで走り去ったのは、なるほどそういう事情か。とサンジはひとりで納得すると、キッチンに移動した。ひそかに準備しておいた剣士好みの酒と肴を片付けにかかる。
「せっかくのご褒美が台無しじゃねーかよ、クソッ!」
大好きな晩酌を目の前にしたゾロがどんな顔をするか楽しみだったので、たいそう面白くない。
「・・・まあ、事情が事情だ。しょうがねえかー」
今回はダメだったが、焦ることはない。またチャンスは訪れるだろう。それに、うっかりウットリしてしまった”生涯一剣士のプロ技マッサージ”という予想外の収穫だってあった。
さっきは途中で終了してしまったが、続きはいったいどんな風なのか・・・。想像とともに心地よい予感が胸をよぎる。
サンジは一瞬表情を崩したあと、鼻歌まじりで明日の仕込みに取りかかった。
END . . . but,
ゲストページに続く・・