嵐の後遺症
( 1 )
「・・・んっ。・・・・ふっ・・」
サンジの口から不規則な息遣いが漏れていた。
メリー号。深夜のダイニングルーム。
毛布を敷いた床の上にサンジはいた。
そしてー
「・・・なぁ、・・ゾロ。もっと・・強くてもいいぜ」
「それは、もっと強くしてほしいってことか?」
サンジの上にゾロはいた、組み敷いた身体を両の手でまさぐりながら。
「ああ、強めに頼む」
「・・・・こうか」
「・・・そう、あ・・・はあっ・・」
サンジが切ない声を漏らした、その途端。
「ヘンな声出すんじゃねえぞ、くそコック!!!」
金色の頭をパシリと叩いてゾロが怒鳴った。
「馬鹿野郎。テメエこそ大きな声を出すんじゃねーよ!ナミさんに気づかれたらどうすんだ!?」
慌てて起き上がり、小声でひそひそとわめくサンジ。ゾロもつられて小声になる。
「ナミに気づかれたって、どうってこたねえ!だいたいなんで、コソコソと隠れるみてぇにやらなきゃいけねーんだ!?」
「ナミさんにとって“愛しのプリンス”であるこのサンジ様がだ、あろうことかマリモなんぞにモミモミされちゃってる姿を見せられるか!?いや。断じてそんなことあっちゃならねえ」
「だったら頼むなよ!!」
「ちっ。分かってねえなあ・・・」
「ゾロいいか?俺はな、コックさんだ」
「そんなこたぁ分かってる!」
「いいや、お前は分かってねえ。まあナミさんとロビンちゃんはいいとしてだ、非常識なほど食べ盛りの野郎どもに、朝昼晩三食の食事と間食を毎日休みな~く給仕するのが、この船のコックの務めだし、俺はカンッペキに務めを果たしてる。だろ?」
「・・・てめえは何が言いてんだよ・・」
「だから!たまにはいいだろって話だよ!」
「はあ?」
「たまには・・・・息抜きにちょっとしたマッサージをな、してもらうくれェ・・・いーだろが・・」
サンジはボソボソとつぶやくように言ってそっぽを向いた。
それを見たゾロは短いため息をつくと、おもむろにサンジの体を床に押し倒した。
「!?」
「続きやるから、うつ伏せになれ」
「・・・おう・・」
「言っとくけど“マッサージ”じゃなくて“指圧”だからよ」
「だったな」
ったく、分かってないのはテメエの方だ、アホコック。ゾロは先ほどの艶めいたサンジを思い起こして、うんざりとした。指圧=コックに堂々と触れる。・・悪くねえ。と単純な動機から引き受けてしまったが、まさかあんな声を聞かされるとは・・・。
嫌ではない。そこが問題だ。
思わずサンジを抱きしめてしまったあの夜から、ゾロの迷いは吹っ切れた。だがサンジに対するゾロの行動にこれといった変化はなく、サンジの態度も以前と変わりない。そのことがゾロにはむしろ有難かった。
ゾロには命をかけても守りたい約束がある。同じくらい大切な仲間たちがいる。色恋にばかり構ってはいられない。だから、今はー。
あいつが変わらずそばにいてくれりゃ、それでいい。先は長いんだ、ゆっくり行こうぜ。ゾロはそう考えた。
・・・考えてはいたのだ。
だがしかし、ふとした時にふとした場所で、突然サンジの感触が蘇り体が熱くなる。
サンジに対する気持ちが、俗に言う“恋”というものあることをようやく自覚したゾロだったが、その感情がはっきりと性的な欲望をともなっているのに気づくといささか動揺した。
相手が男であっても、いろいろと楽しみ方があることは知っていた。その気になれば女同様の扱いが出来ることも・・。そんなことを考え出すと、“どうやって想いを伝えるか”という前段階を下心が急速に追い越していく。
おいおい、あんな野郎にサカってどうするよ。
・・・まったく、男の生理ってのも厄介なモンだよな。
と己に突っ込みを入れたり、同情したりするゾロだった。
だからこの状況は嬉しいようでなかなか辛い。
“息抜きに”とサンジは言っていた・・・。
いつも人に与えてばかりいるコックにだって、たまには誰かに何かしてもらいたい時があるんだろう。俺に甘えてくるなんざ、かわいいところがあるじゃねえか。ゾロはそう思った。そして、そんなサンジ相手に下心を出すわけにはいかない、とも。
仕方ねえ。これも修行だ。エロい声くらいでビビってどうする。
ゾロは覚悟を決めて、無心に手を動かした。